大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(ネ)2892号 判決 2000年1月24日

控訴人

プレハブ防水株式会社

右代表者代表取締役

甲野花子

控訴人

甲野花子

外三名

右五名訴訟代理人弁護士

山本隆夫

根岸隆

久利雅宣

増田英男

被控訴人

エイアイユーインシュアランスカンパニー

(エイアイユー保険会社)

右日本における代表者

吉村文吾

被控訴人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

平野浩志

右両名訴訟代理人弁護士

服部邦彦

花﨑浜子

被控訴人

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

丸茂晴男

右訴訟代理人弁護士

柏木秀夫

松吉威夫

鈴木邦人

被控訴人

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

植村裕之

右訴訟代理人弁護士

上林博

戸田信吾

大前由子

主文

一  本件各控訴をいずれも棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人エイアイユーインシュアランスカンパニーは、控訴人プレハブ防水株式会社に対し、金二億五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人東京海上火災保険株式会社は、控訴人プレハブ防水株式会社に対し、金一億円及びこれに対する平成八年一月二二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

4  被控訴人安田火災海上保険株式会社は、控訴人プレハブ防水株式会社に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する平成七年一二月一六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

5  被控訴人住友海上火災保険株式会社は、控訴人甲野花子に対し、金二五〇〇万円、控訴人甲野一郎、同甲野二郎及び同甲野三郎に対し、各八三三万三三三三円、及び右各金員に対する平成八年一月二二日から支払済みまでいずれも年六分の割合による各金員を支払え。

6  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人らの負担とする。

7  仮執行宣言

二  被控訴人ら

主文同旨

第二  被控訴人の請求及び事案の概要等

一  原判決の記載の引用

控訴人らの本訴請求の内容並びに事案の概要及び当事者双方の主張等は、次項で訂正を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第一 原告らの請求」及び「第二 事案の概要」に記載されたとおりであるから、右各記載を引用する。

二  原判決の記載の訂正

1  原判決九頁四行目及び五行目の各「被告」をいずれも「被控訴人ら」に、同一〇頁六行目の「主とする」を「主たる目的とする」に、同一〇行目の「別紙一(第一事件)及び別紙二(第二事件)」を「別紙第一事件保険契約及び別紙第二事件保険契約に各」に、同末行から同一一頁一行目にかけての「別紙一の契約」を「右別紙第一事件保険契約記載の契約」に、同一一頁一行目から二行目にかけての「別紙二の」を「右別紙第二事件保険契約記載の」にそれぞれ改め、同末行の「当会社」の次に「(保険会社)」を加え、同一二頁五行目の「会社」を「当会社」に改める。

2  原判決一七頁八行目の「南側」の次に「(本件建物の公道が転落したのとは反対の側)」を加え、同二七頁二行目の「障害であり、」を「障害があり、」に、同六行目の「初孫の点」を「本件転落が自殺であることは、その日が一週間前に出生した初孫の退院の日であったことと」にそれぞれ改め、同行の「当時」の前に「太郎が」を加え、同二八頁八行目の「自発的、」を「自発的に、」に改め、同九行目の「被告安田」の次に「火災」を加え、同二九頁一〇行目の「死亡保険金」を「死亡保険金は、」に、同三六頁三行目及び六行目の各「代理」をいずれも「代理店」にそれぞれ改める。

第三  当裁判所の判断

一  原判決の説示の引用等

当裁判所も、太郎の死が急激かつ偶然な外来の事故によるものとするには疑問があり、したがって、控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断するが、その理由は、次の二項のとおり、原判決の説示を訂正するとともに、三項において、争点1に対する原判決の説示に代えて当裁判所の判断を説示するほかは、原判決がその「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の一の「認定事実」の項及び二の2の「争点2について」の項で説示するところと同一であるから、この説示を引用する。

二  原判決の説示の訂正

1  原判決四八頁末行の「靴底」を「靴底の跡」に改め、同五〇頁末行の「創傷の状況は、」の次に「上野正彦作成の意見書(丙一二)によれば、」を加え、同五一頁一行目の「とおりである。」を「とおりであるものとされている。」に改め、その次に「さらに、各種レントゲン写真(甲六三、六四の一、二、甲六五ないし七二)に基づく葛西猛の意見書(甲七四)によれば、右のレントゲン写真から推定される損傷として、左下顎骨骨折、左下骨骨折、後頭骨骨折等もあるものとされている。」を加え、同一行目から二行目にかけて「太郎の頭部、顔面には全く損傷は認められなかった。」を削除し、同六一頁一行目の「緊急融資」を「融資」に、同一〇行目の「東京三菱銀行に一三〇〇万円の預金を有していた」を「平成七年三月末の時点で六四〇〇万円余の預金を有していた」にそれぞれ改める。

2  原判決七三頁六行目の「原告ら」を「控訴人花子ほか三名」に、同八行目の「売上等の規模に比して非常に」を「売上等がせいぜい年間四億円台にとどまるのに比して不相応に」に、同七四頁一〇行目の「原告ら」を「控訴人花子ほか三名」に、同七五頁一行目の「ものであると認めるのが相当」を「ものとする余地があるものというべき」に、同七六頁末行から同七七頁一行目にかけての「合理的に推認することができる。」を「する余地があるものというべきである。」にそれぞれ改め、同七七頁五行目の「早晩」を削除し、同九行目の「推認されるところである。」を「推認する余地もあるところである。」に改める。

三  争点1について(当裁判所の判断)

1  控訴人は、太郎の本件転落の態様を、太郎が本件建物の屋上で南側を向いてカメラで何かを撮影するため北側に後退していたとき、左足の踵で塗りたてのモルタルを踏み、滑るか慌てるか等してバランスを崩したため、後方に尻餅をつくような姿勢で倒れ、屋上外周の縁に沿って張り巡らせてあった上下二本の安全ロープの上段と下段の間から転落したものであって、落下途中での太郎の身体の微妙なバランスや同人の意思の働きによりその姿勢が変化し、着地までの間に両足が下方に垂直な状態となったもの、あるいは、太郎が右のようにして後方に転倒した際、その頭部又は首、肩が右下段のロープに触れ、これにもたれかかるような姿勢になったが、ロープの緩みが大きかったため、太郎の両足が本件建物とロープの間から抜け落ち、下方に垂直な状態となって落下したものであり、いずれにしても、本件転落は、不慮の事故によるものであり、急激かつ偶然な外来の事故であったことが推測できるものであると主張する。しかしながら、葛西猛医師の証言及び意見書(甲七四)並びに上野正彦医師の意見書(丙一二、三二)によれば、太郎の受傷状況、殊に両大腿骨頸部骨折、恥骨離開、右恥骨座骨骨折、左仙腸関節離開、左腸骨骨折が認められること、また、落下直後の発見時に、太郎は、原判決別紙図面四にあるとおり頭部を北側にし、足を南側に向け、足先を本件建物から七〇センチメートル離れた位置に置いた状態で仰向けに倒れていたことなどからして、太郎の落下途中の姿勢は、本件建物に体の前面を向けた形で、両足を下方にほぼ垂直にした状態であったこと、また、太郎は、本件転落の過程で、両足から着地し、尻餅をつく状態になったことが認められるものの、このことだけからしては、太郎の本件転落が不慮の事故によるものであるとするには足りないものという以外なく、他に太郎が控訴人らの主張するような態様の不慮の事故によって転落するに至った事実を直接裏付けるに足りる証拠はないものといわざるを得ない。右のような太郎の落下時の姿勢等は、被控訴人らが主張するような太郎の本件転落の態様、すなわち、太郎が、本件建物の屋上の落下場所において、故意に、二段にわたって張り巡らされているロープを越えてその外に出た後、後向きの状態のままで本件建物から転落したとするものとも矛盾する点はないからである。したがって、太郎の右のような姿勢による転落は、被控訴人らの主張するとおり、偶然の事故によるものではなく、太郎の自殺によるものである可能性をも否定できないものといわざるを得ない。

2  そもそも、本件各保険契約の支払責任条項に定められている「偶然な外来の事故」に該当する事故発生の事実については、右支払責任条項の文理からしても、また、立証の難易等からする当事者間の公平という観点からしても、保険金の請求者である控訴人の側にその立証責任があるものと解するのが相当なものというべきである。ところが、控訴人らの主張するような態様による太郎の本件転落という事態は、太郎が防水工事の専門家であり、当日も本件建物の屋上に二度ほど上がっていて、現場の状況にもよく通じていたものと考えられることなどからして、不慮の事故としてそのような事態が生ずる蓋然性自体極めて低いものといわざるを得ないところであるが、さらに、これが不慮の事故によって生じたものとすることについては、次のような疑問をも払拭できないところである。すなわち、①太郎が、本件建物の屋上の塗り終わったばかりで滑りやすいモルタル塗装部分に足を踏み入れて滑るなどし、後方へ転倒したものとしても、このような場合、通常ならば、とっさの防衛反応として、反射的に鉄製の支柱や上、下段のいずれかのロープを掴むなどすることが考えられるところ、本件では、太郎の約六五キログラムの体重(甲一二)を支えたことをうかがわせるようなロープのたわみによる擦れや支柱の傾斜や曲がりなどの痕跡は認められないこと、②また、太郎が塗りたてのモルタルを踏んですべる等して倒れ、ロープの間から転落したものとすれば、その間太郎が全く無言であったというのは不自然なものと考えられるところ、太郎が驚愕して声を発するなどした形跡も全くないことが認められるのであり、これらの事実からしても、太郎の本件転落が不慮の事故によるものとすることには、重大な疑問があるものとせざるを得ないのである。

かえって、控訴人会社が短期間に多数、多額の保険に加入した経緯、その際太郎が申し出た契約条件等に異例とも見られる点があること、本件転落当日の太郎の言動にも不自然とみられるところがあり、さらに、当時の太郎の健康状態が芳しいものではなかったこと等は、前記引用に係る原判決の説示(原判決七二頁七行目から七七頁九行目まで)にあるとおりであり、これらの事実からすると、むしろ、太郎の本件転落は、故意によるもの、すなわち、高額の保険金の取得を意図した太郎の自殺行為である疑いが濃厚なものといわなければならないところである。

そうすると、本件においては、本件転落が「急激かつ偶然な外来の事故」によるものであるとすることには疑問の余地があり、本件各保険契約の支払責任条項の要件を充たしていないことになるから、控訴人らの被控訴人らに対する各保険金の支払を求める本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないこととなるものというべきである。

四  結論

以上の次第で、控訴人らの本訴請求を棄却した原判決は相当であって、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 増山宏 裁判官 合田かつ子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例